change la vie , change le monde
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つくづく、映画とは過程でしかないのではあるまいか。
アレクサンドラが砂塵の舞う大地に降り立ったときから、戦車に送られ軍の駐屯地で過ごした幾日かや、街での同世代の女性や年の離れた少年などムスリム達とのやり取りまで、すべての過程は帰路に就く列車の中、開いたままのドアの向こうに流れる風景の端に、貨物車のような軍用列車の内装に背をもたれたまま、画面こちら側に向かってついた老婆の溜息とともに消え去ってしまう。

年老いた一人の女性にとっての遠出とはどういうものだろう。それを想像するとき、旅の記憶と映画的な体験とは、どこか似ているのではないかと思い当たる。

確かに一本のフィルムについて語るとき、背景についてのみ議論することもできるし、フィルムがその効果的なきっかけとなることもあるだろう。しかし、90分そこらの体験の記憶をたどり、自分が直接に何を観たのかを必死に思い出そうとすることも、現在の自分を軸に起こりつつある何かを探り当てようとする上では大事ではないだろうか。
アレクサンドラが降り立った大地は、決して戦争の起こるチェチェンのとある場所ではなく、老婆にとって“どこか他の場所”であり、観客にとっても“どこか他の場所”であるはずだ。ただし、観客にとってそれは、映画館のスクリーンの上で起こったこと、すなわち“ここ”で起こったことでもある。

軍靴のザックザックという足の連なりとともに映った地面はなんとも魅力的であった。
ロメールの『獅子座』のラスト、地面のアップから夜空にパンして、そのまま銀河の写真のモンタージュに重なるシーンを連想してしまったのだが、すべてがどこかで通じ合っていると感じる人ならば、普段歩いているアスファルトでも、そのあたりの地面でも目が止まればいつでも、老婆の歩いたあの大地のことを思い出してしまうだろう。
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オオツカ

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フーリエ主義の私立探偵。
東京を舞台に日夜事件を追跡中。

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