change la vie , change le monde
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2008年に撮られた映画を遅ればせながら同時代において観るとき、それに対する正しい反応とは一体どういうものだろうか。とにかくそうした体験をしてしまった者として、言葉を綴ってみたりもする。

この物語における、江口洋介の取り残され方は本気でツボだった。妻夫木との刑務所での最初のやりとりが尻切れトンボに終わってしまう部分や、窓越しに皇居をバックとした東京のオフィスの会議で皆が先に出てしまったあとなど、江口洋介を映し出す画面に充満する空気には、何か言葉にできないものが漂っている。ラストに秘密が明かされ、本当に一人取り残されてしまう設定が蛇足に思えてしまうくらいだが、画面から消えてしまう瞬間、天井のプロペラに垂れたヒモだけで済ませるのは、なるほどたまらない。
その取り残され方は、宮崎あおいのそれと対応している。『メリケンサック』のポスターのあからさまなしかめっ面には嫌悪感を覚えていたし、顔も体も硬くて確かに映画的な運動神経は相当まずいのだが、なかなかどうしてこの人のたたずまいは魅力的だった。スラムの線路に他の者とは少し離れて立つときや、ボランティアの事務所にやはり少し遅れて登ってくるとき、人のなかで孤立して画面に収まってしまうある種の希薄さには、ちょっとドキドキさせるところがある。そういったものは、あるいは本人の意識しないところで出てしまうものなのだろうか。女優としての生き様であり、監督の演出の妙である。世間知らずな若者として、ステレオタイプな役にきちんとハマっていたぶん、月夜にタイ語を勉強するシーンは単純に好きだったし、物語のクライマックス子供たちといっしょに逃げる姿には、江口洋介を破滅させるだけの存在の重みがあったのだろう。

それと、人も言うようにサスペンス映画としてのおもしろさも全編に溢れている。宮崎あおいと同様に妻夫木も思いのほか良く、バーで江口洋介と並んでいる最初のショットは、男前二人の緊密な関係を思わせて最高だ。タイ人が手術の日程を掴むため携帯をかけているシーンなど、話の流れとは別の妻夫木の動作と表情も良かった。戦線から逃げ出すかと思いきや戻ってくる期待どおりの展開など、アランヤ-が本当にゴミ袋の中から発見されてしまうのと加えて、映画的な真実なのかも知れない。
それとそれと、移植手術を受ける子供の親が佐藤浩市なのは素晴らしい。あえて言うならば、若干開き直ってしまうのではなく、もっと偽善者に徹してくれていたら(十分にそうだったかも知れないけれど)より魅力も増していただろう。佐藤浩市に拍手を!やはり悪役は色っぽくないと嘘だ。

この映画は事実をもとにして投げられていて、生じた波紋に受け手は一概に答えを出すことはできない。しかし祝日の新文芸座は、若者から普段の年配層まで満員で、そういった人たちといっしょに観れたことがすごく嬉しかったりする。暗くした部屋でビデオやDVDを観るのも十分に貴重な体験だし、大いに活用しているのだが、映画館の闇に投射されるスクリーンの光にくらべれば、昼の陽の明かりのほうが暗闇だ。盲目になりたくなかったら、映画との関係をもう一度捉えなおそう。
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オオツカ

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フーリエ主義の私立探偵。
東京を舞台に日夜事件を追跡中。

ある種のユートピアと化して、常にどこかで何かしら映画がかかっているという都市の状況に抗して。


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